籠庭の詩
序章 神々の籠庭
これは、籠の中の世界の物語。
今はもう、言い伝えられるだけの存在となった古き時代のこと。
始め、世界は暗闇に包まれて何も存在せず、空っぽの空間がどこまでも続いているだけだった。誰の姿も何の姿も、闇以外にはなかったのだった。
けれどある時、空っぽの世界に突然光が生まれ出る。そして光は形をなして一柱の神となった。
生まれ出た神はすぐに、自分が世界に独りぼっちであることを知った。
それを寂しく思った神は、自身の体の一部から新たな神を生み出すことにした。そして神の髪の毛の一本から、もう一柱の神が生まれ落ちた。
その後も神は次々と新たな神を生み出していった。そうして生まれた神々もまた、それぞれが新たな神を創り出し、やがて世界は数多の神々で溢れるようになった。そして彼らは、思い思いに世界を創造していった。
永
い
永
い月日の後、やがて世界は満ち足りて、それ以上創り出すべきものを、どの神も思いつくことができなくなってしまった。することがなくなって退屈しし始めた神々は時間をもてあまし、創造にいそしんでいた頃には起こることのなかった神々同士のいさかいが、あちらこちらで見られるようになった。
それに心を痛めたある
女神
が、何か神々の暇潰しになるものはないかと、神界に息吹くつる草を編み上げて一つの籠を作り上げた。
彼女はその中に砂を敷き、土を盛り上げて山とした。そうすると上の方に大きな隙間ができてしまったので、空間ごと青い色で塗り上げた。青いだけではつまらないと思ったので、眩い光を放つ珠や、白くて柔らかな綿のようなものを浮かべてみせた。
彼女は青色を空≠ニ呼び、珠は太陽=A綿は雲≠ニ名付けた。
彼女の造った籠は美しいと評判になりしばらくの間は神々の目を和ませたが、それはわずかな間だけだった。すぐに彼らは籠に飽き、再び争いを始めてしまったのだった。
だから彼女は、もう誰もが決して飽きることのないように、変化≠籠の中に取り入れることにした。
彼女が思いついたのは、自分の意思で動き行動するものを創ることだった。彼女は、思うままに様々な形を作り上げ、それらに息吹を吹き込んでは籠の中へと入れていった。
女神によって籠の中に生まれ落ちた彼らは、巣を作り、群れをなし、餌を見つけては喰らい、やがて子を産み、次第に数を増やしていった。
そして彼女が生命を創りだして後、もう神同士で争いが起こることはなかったのだ。
神々は生命が籠の中で息吹く様を楽しんだが、一方でそれらに観賞以外の意味を見いだすことはなかった。どの神も、籠の中の生き物はただ神々のための暇つぶし、退屈しのぎのための存在だと思っていた。
だから、籠の地に災害が訪れ多くの生命が失われても、神々はそれすらをも楽しく見ているだけで、誰も籠の中の生き物を哀れむことはなかった。
最初はそれでも何も問題は起きなかった。生き物たちはただ本能に従って生きるだけで、自分たちの境遇を恨む知恵など持たなかったからだ。
けれど、女神が最後に創り出した生き物はとても賢かった。人≠ニ名付けられた彼らは、神々の暇つぶしでしかない自らを憂い、嘆いたのだった。
他の神々は、そんな人々の嘆きをも面白がって見ていたが、籠を創り出した女神だけは、見世物になるだけの彼らを哀れと感じた。そこで彼女は、人の魂を少しだけ創りかえることを思いついた。
元々人の魂は、肉体が死ねば消えるだけの存在だった。それを女神は、自分の一生を誠実に生きた魂に限り、死後に神界へと昇る権利を与えた。そして、神と同じ存在になれるようにしたのだった。
こうして人は、死後に永遠の幸せを得られるようになった。また神の力を得ることで、その力でもって籠に幸せをもたらすこともできるようになった。
その力で雨を降らすもよし、病を患った人間を救うもよし。いずれにせよ、彼らの望みは彼ら自身が最も良く知っているだろう。そう思った彼女が、人々に与えた哀れみがそれであった。
そして太古の創造史は神話となり、女神の創った籠庭の中では、幾星霜の時が過ぎゆく――。
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