三章(6)

 前を行くのは行灯を掲げた少女。後ろには護衛衆の二人。来た時と同じ順番で、シュマは出口までの道をたどっていく。
 歩きながらシュマは焦りと不安に駆られていた。このままだとシュマは儀式を受けなければならない。どうしてシュマなのかという理由も分からないまま、シュマ自身も納得できないまま。
(俺なんかであるべきじゃない……。選ばれた理由だけでもわかれば……)
 でもどうすればいいのだ。姉巫女は何も教えてくれない。誰か他に、答えてくれそうな人なんて、
(……そうだ)
 ふいにするりと頭に入りこんできた考えに、シュマははっとした。
(トエが、いるじゃないか)
 神の言葉を聞いたのはトエだと、そう言っていた姉巫女の言葉を思い出す。そして同時にわき上がる一抹の希望。トエなら、姉巫女のようにシュマを突き放すことなく教えてくれるのではないだろうか。
 どうする、と自分に問いかける。このまま帰って儀式までにトエに会える保証はあるだろうか。巫女殿の外なら巫女との面会は自由だが、先ほどの態度からしてあの姉巫女が――果たして、トエにシュマを会わせるだろうか。
「……なあ、トエが今どこにいるかわかるか?」
 恐る恐るシュマは前を行く少女に問いかける。緊張はしたが、姉巫女に尋ねるよりはずっと気楽だった。
「今頃は、自室でお休みだと思いますが……」
「部屋? どの辺?」
「西の最奥です。あの、それが何か……」
 何ともなさげに会話をしながら、その実シュマは緊張で心臓が止まるかと思った。少女の様子を確認し、疑われていないことにほっと胸をなで下ろす。
 素直な子でよかった。とりあえずこれで――トエがどこにいるのかはわかったのだ。
(――強行突破、か)
 後ろには、普段から訓練を積んでいる大の大人が二人。考えるまでもなく、取り押さえられたら間違いなく負ける。
(一か八か……だな)
 シュマはちらりと後ろを振り返り、護衛衆二人との距離を確認した。歩数にして二歩ほど。
 これならもしかしたらと、シュマはごくりと生唾を呑み込む。正面からぶつかったら勝てるわけがない――けれど、幸いにして足腰だけには自信がある。緊張ではち切れそうな胸を押さえて、シュマは目前に見えてきた廊下の二股を睨みつけるのだった。
 ――そして、丁度シュマたちが二股にさしかかり、左手に分かれ道が来た瞬間シュマは動いた。足下に思いっきり力をこめ、あらん限りの力で床を蹴る。その勢いを利用して、シュマは真横へ跳躍し、分かれ道へと飛び込んだ。
「シュマ様!?」
 護衛衆の二人は、速すぎる動きにすぐには反応できていない。ややあって事態に気付いた少女が叫んだが、その時にはもうシュマは飛び込んだ廊下の奥へと夢中で走り出していた。
(西の最奥……頼む、そこまで保ってくれ!)
 やや遅れたものの男たちはすぐに追いかけてきている。だが、予想通りシュマとの距離は縮められていない。
 組み合ったりしたら勝敗なんて見えている。でもこうして逃げるだけなら負けはしない。ほとんど毎日クィルを追って走り回っているシュマには、跳躍力と足の速さだけは誰にも負けない自信がある。
(トエのところに辿り着けば、何とかなる……! それまで、追いつかれるな……!)