六章(5)

 自分に向かって手を伸ばしてくれた少年の姿は、すぐに崖の上に見えなくなった。自分が今どこにいるのか、共に落ちたアガルがどこにいるのか、そんな感覚はあっという間に失った。落下していることすらもうわからない。
 ああ、自分は死ぬのか、とぼんやりと思う。崖から落ちて死ぬのかよ、くそみたいにつまらねえ、とも思うが、まあアガルに殺されるよりは数十倍ましなような気がした。
(本気で俺って馬鹿だな……)
 茶髪の少年の姿が浮かんでくる。本当に、何であんなやつのために自分は死んでいるのだろう。メルゥを死なせた少年を、自分は確かに強く憎んだはずなのに。
(でも……あいつの方がもっと馬鹿だ)
 何もかもが嘘と知れて、それですら絶望を感じているだろうに、そんな中で自分は彼に悪意を向けた。あいつは何もかもを失ったはずだった。
 それなのに、あいつは変わらず馬鹿みたいに真っ直ぐで、この自分をまだ親友と呼んだ。生きて欲しいと告げてきた。それどころか命を投げ出して自分を助けようとした。
(大馬鹿だ本当に。正真正銘の馬鹿野郎だ)
 そう思ったのを境に、意識は少しずつかき消えていく。
 そして、やがて全てが白に溶け、何もわからなくなっていく。その直前、最後に一つの言葉を思った。

 ――ありがとな、親友よ――。