六章(6)

 昼間といっても、森の中はひどく薄暗かった。多い茂った木々に塞がれ、日の光はわずかにしか届かない。遠くを見通しても、シュマの目には薄ぼんやりとした影としか映らない。
「ユエン……! ユエン……!」
 そんな暗がりの中を、シュマはおぼつかない足取りでふらふらと進んでいた。体中が重くて、声を張り上げてもちっとも響かない。それでもシュマは、友の名を呼び続けていた。
「ユエン、答えろ……頼む……っ」
 何度呼んだところで、相変わらず返ってくるのは沈黙だけだった。それが今はひどく胸に染みる。シュマは今、この知らない森にたった一人だった。
 ――アガル共々ユエンは崖から転落した。その事実は、いくらシュマが否定しようと目を閉じようと時間が経とうと変わらなかった。二人の姿が消えてしばらくの間、崖の上で呆然と座り込んでいたシュマだったが、わずかな希望をかけて崖を下ってきたのだった。
 その過程でシュマの体は傷だらけになってしまっていたが、あんな巨大な岩壁をどうやって降りてきたのか、そこの記憶はあまりない。ただ虚ろな感覚だけが、シュマの中に存在していた。
 こんな形で始めて立った籠の外の世界は、上から見た通りの深い深い森だった。見渡しても大木が並び立つ様しか見えず、見通しのきかない樹海の中で二人がどこに落ちたのかもわからない。いくらさまよっても、何も見つからなかった。
 何度も何度も、最後のユエンの顔がシュマの脳裏に浮かんできた。馬鹿だな俺と、そう自嘲して落ちていったユエンの目は、もうシュマに対する憎しみに燃えてはいなかった。
「何がふざけるなだ……お前がふざけんな……!」
 そう叫んだところで、ふいに足の力が抜ける。抵抗も虚しく、シュマは腰から足下に崩れ落ちていた。立ち上がろうとしても全く足に力が入らず、それどころか視界も点滅し始める。
 そこでようやくシュマは、先ほどアガルに受けた傷口から流れ出す血が、自分の服を真っ赤に染めつつあることに気付く。痛みはもはや麻痺してしまってわからなかったから、自分が生命の危機にすら気付いていなかった。そして、無理に崖を下ってきたその身は、もはや限界に近づいている。
(俺、何もできなかったんだな……)
 座っていることさえもできなくなり、がくりと地面に倒れ伏す。頬に、冷たい土の感触が触れた。
 薄れゆく意識の中で、シュマは己の無力さを痛感していた。結局シュマは、何一つ救うことも成し遂げることもできなかった。全てはシュマの手から零れ落ちていってしまった。
(ごめん、みんな……)
 ユエンはシュマを憎んで、でも最後は助けてくれたのに、シュマはその手に届かなかった。トエとは喧嘩して別れたきり何も話せていない。ニィはどうしたのだろう……全くわからない。
 そしてメルゥは――。

 そうして、シュマの意識は闇の中へと落ちていく。
 何もわからなくなる寸前、誰かの足音と、シュマを呼ぶ少女の声を聞いたような気がした。