七章-上(4)

 そうして始まった、翼無き鳥の民たちの村で過ごす日々は、ただ何となく過ぎて行った。怪我が治るのに従い、少しずつ村の皆の仕事も手伝い始めた。決まった仕事も役目も持たないシュマは、気付けば便利屋のような扱いになっていて、鍛冶屋の手伝いやら猟の手伝いやら畑仕事の手伝いやら、頼まれるままにともかく色んなことをやった。でもそのおかげで村のことがよくわかったし、住人たちともすぐに打ち解けることができた。
 住処は相変わらずエサンとエシュナの家に居候だったが、二人はシュマにとてもよくしてくれていた。エサンは始終穏やかにシュマのことを気にしてくれ、エシュナは何度も話しかけてくれる。彼女は本当に良く話し笑う女性で、彼女がいるだけで何だか場が華やかになるのだった。
 シュマのことを気に掛けてくれるのは、二人だけではなかった。村人たちの中で、特に仲良くなったトイルとリシェンという青年も、何かとシュマを構ってくれる。この二人とは、何人かで狩猟に行った時に知り合ったのだが、年の頃はエシュナと同じくらいの二人組だった。
 トイルは、長く伸ばした黒髪を後ろでひとくくりにしていた。籠の中でも外でも、長髪の男性というのは珍しい。だからシュマは初対面の際、無遠慮にそれをじろじろと眺めてしまったのだが、視線に気付いたトイルはというと「あ、これ? これは俺の趣味。イカしてんだろ」なんて髪を持ち上げてあっけらかんと笑っていた。彼はいつでもそんな軽いノリで、一緒にいると楽しいのだった。
 女みたいな名前のリシェンは、常にトイルの後ろをついて回っている、異常なほどに寡黙な青年だった。いつも頭の覆いのついた服を着ており、どうにも人目を避けている節がある。村人たちも、トイル以外は彼とはあまり関わりたがらない様子だった。
 その理由は、リシェンが頭の覆いを取って見せてくれた時にすぐに知れた。白い髪に淡青色の瞳、色素の薄い肌――アルビノだった。
 日光に弱く、目もあまり良くないのだという。そんな彼を、トイルだけはいつも助けていて、シュマも自然とそうするようになった。そんなシュマを、相変わらず無言ではあるがリシェンも何かと手助けしてくれるようになり、実際の彼はとても優しいのだと、今では何となくシュマは理解し始めている。


 そんなこんなで、何事もない日々はあっという間に過ぎて行く。その毎日の中で、シュマは籠の事は何も考えないようにしていた。というより、考えようとしたところで、籠での記憶も思いももやもやとした霧の中に沈んでしまって、シュマの前に形を為そうとはしなかった。
 籠のことも――メルゥやユエン、ニィのことでさえもシュマは思い出すことはなかった。
 そうして過去は埋もれてしまって出てこない。かといって未来がはっきりと示されているわけでも全くない。絶望もなければ希望もない。そんな流されていくだけの日々は、なぜだかとても楽だった。
 そうして過ごすうちに、本当に籠のことなんて自分には関係ないのだという気がしてくる。籠なんて自分には関係ない。そんなもの自分は知らない。シュマは最初からこの外の村に住んでいて、これからもそうして生きていく――それで、いいような気さえしてくるのだった。
 ここで暮らせばいい。そのエサンの言葉も、実際にそうしている今の自分も、シュマはただ受け入れ始めていた。

 ある知らせがシュマの元に飛び込んできたのは、そんな矢先だった――。