七章-下(10)

 シュマとユエン、果たしてどちらの刀が決定打となりトイルの刃をはね返したのかはわからなかった。シュマが理解できたのは、自分の腕に感じた強い衝撃、耳に痛い金属音、バランスを崩したトイルの姿、それだけだ。
 そして気付けば、トイルは地面に座り込んでいて、側の地面に彼の刀が転がっていた。その気になれば立ち上がる時間も隙もあったはずなのに、なぜだかトイルはそのまま動かなかった。うつむいた口から、「くそおっ……」とつぶやきが漏れる。
 シュマはおもむろにトイルへと近づいていく。そしてまさに彼に呼びかけようとしたその時、シュマたちとトイルとの間をさっと人影が走ったのだった。
「トイルを傷つけるのは……やめてほしい」
「リシェン!」
 驚いてシュマは声を上げる。背後でシュマに続こうとしていたユエンもうろんげに足を止めた。そこには、いったいいつ追いついたのかリシェンが両手を広げてシュマたちの前に立ちふさがり、淡い瞳でこちらを見ていたのだ。
 ――見ているようで、その焦点はややずれている。そういえば彼は目は悪いはず。それなのにこの暗闇の中、シュマを追いかけてきたのか。
「やめて、くれ。刀を、収めてくれ」
 淡白な調子の中の、懇願するような響き。息を切らしながらの台詞は途切れ途切れとなっていた。
「……てめーは、そいつが何をしたのかわかってんのか。その上で庇うのか」
 ユエンが低い声を上げる。詰問する口調に、リシェンは反射動作のように目を伏せる。
 いつものように黙り込んでしまうのかと、一瞬シュマはそう思った。けれど驚いたことにリシェンは再び顔を上げ、真っ直ぐにこちらを見つめてくるのだった。
「わかってる。だから、非があるのはトイルだけじゃない。俺もだ」
 その瞳の奥は、どきりとするぐらいに澄んでいた。
「俺は、トイルのすることを止められなかった。だから、同罪」
 その言葉にシュマは思わず口を開く。
「間違ってると、わかってたのか? じゃあ何で今まで従ってきたんだ」
「……いつだって、トイルだけは俺の味方でいてくれた、から」
 まごつきながらも噛みながらも、リシェンは話すことを止めない。
「この容姿のせいで、俺は皆に白い眼で見られる。でも、トイルだけは俺を避けなかった。トイルは俺の味方だった」
「……俺は、そんな優しい理由でお前に近づいたんじゃねぇぞ」
 座り込んだままのトイルから、うめくような声が漏れた。だがリシェンの表情は変わらない。
「わかってる。それでもいい。理由なんて何でもいい。お前は俺から離れなかった、それは変わらない」
 もう、誰も何も言わなかった。
「ずっと一人で、俺は寂しかった。トイルが近づいてくれて、嬉しかった。だから、俺だけはトイルの見方で居続けたいと思った。どんな時でもずっと。間違った道にいても、たどり着く先が破滅でも」
 ――多分リシェンは、何度もトイルを諫めようとしたんだろう。思い返せばリシェンの仕草は何かと他の者たちとは違っていた。恐らくリシェンだけは、トイルの行動に賛成していなかったのだと思う。そして洞窟の中でシュマに話しかけてきたように、彼はシュマにも何とかしてトイルの真意を伝えようとしていた。
 でもそれらが叶わなかった時、最終的にリシェンが選んだのはトイルに従う道だった。間違っていても味方で在り続ける、それが正しいのか間違っていたのかその答えはシュマには出せない。でも、
「トイル……ユエンの言葉を借りるなら、やっぱりお前の目は腐ってる≠諱v
 話しながら、シュマはちらりとリシェンに視線を向ける。
「どうして気付かないんだ。こんなにも近くに、お前に向けられた思いがあったっていうのに。こんなに近くに、お前の希望≠ヘあったっていうのに」
「……っ」
 トイルは何も答えなかった。けれどうつむいた肩は微かに震えていて、それはどこか泣いているようにも見えた。リシェンはその姿を、静かに見下ろしているのだった。
「トイル、エサンのとこに行こう。一緒に」
「……」
「罰は、俺も受ける」
「……ふざけんな……っ」
 座り込んだままのトイルが、うめくように言葉を吐き出した。けれどそれは拒絶と呼ぶにはあまりに弱々しく、頼りない声だった。
 気付けばシュマの後ろで、ユエンが静かにきびすを返していた。シュマはその背を見て、それからもう一度だけリシェンとトイルの方に目をやり、無言でユエンの後に続いたのだった。