七章-下(14)
白い光に包まれて何も見えなくなり、次に気付いた時には、シュマもユエンも元の草原に立ち尽くしていた。じきにエサンがやってきて、トイルとリシェンを連れて行った。それからユエンを連れて元の場所に戻ったシュマは、トエと民たちに迎えられた。
民たちの指揮は主にエサンが取ってくれた。ユエンが戻ってきたことで三色衆も昨日を取り戻し、恵の雨と皆の懸命の努力によって、やがて燃えさかる火は消し止められたのだった。
その後自然と集まってきた人々の前で、シュマは静かに語り始める。
たどたどしく、途中何度も何度もつっかえながら、それでもシュマは話すことを止めなかった。神話のこと、儀式のこと、アガルのこと、メルゥのこと――シュマは、これまでの全てを語った。
民の全員が納得してくれたわけではなかった。中には怒り出すものも、泣き出す者も、途方に暮れる者もいた。けれどシュマは、彼らの強さを信じている。
シュマとトエの言葉に応え、希望を見つけてくれた者がいたように、きっと自分たちは生きていけると、人の強さを、シュマは信じたのだ。
そして――、
「俺さ、ちゃんと生きていけんのかな」
中央村の焼け跡に並んで立ち、ユエンがぽつりと言った。
見渡しても、目に入ってくるのは焼け落ちた家々の残骸ばかりだった。中ノ村で残った家は一軒もなく、まだ所々で煙りがくすぶっている。
そんな中、二人が立っているのは長の屋敷があったはずの場所――メルゥの家があった所だった。
「メルゥはああ言ったけど、俺どうしていいのかわかんねーよ。俺、何で生きてんだろな……」
漏れる声はひどく頼りなく、ユエンの姿は今にも崩れ落ちそうなほどに儚い。
そんなユエンの言葉を聞きながら、シュマは静かに空を見上げる。一点の汚れもない空はまだ暗く、けれど少しずつ白み始めていた。
「俺さ、神なんてよくわからないって、ずっと思ってたんだ」
独り言のように、それはシュマの口からこぼれ落ちる。
「実際、神なんて存在しなかった。でも、代わりに俺は知ったんだ。数え切れないぐらいの人の思いが、ずっと俺のことを見守ってくれてたんだってこと。メルゥやトエや、亡くなった祖先の魂たちまで、他にも数え切れないぐらいたくさんの人たちが――それはまるで、神話の中の女神が、俺たち人間を見守ってくれていたように」
神はいない。でも神のように見守ってくれている存在は、確かにあった。
「俺、馬鹿だったな。自分のことしか見ないままに、毎日何となく生きるだけで。見守ってくれてる存在になんて気づきもしないで、それで、神なんてよくわからないって言って」
そのせいで、いったいどれだけの人を傷つけただろうか。
「それに気付いたのは、結局こうしてたくさんのものが変わってしまった後だった。後悔だってたくさんしてる。……でも俺は、これからも生きていくんだ。見守ってくれてる人たちの思いを抱いて、俺自身も、誰かの幸せを願って。きっと、そうでなくちゃいけないんだ……それが、希望を信じるってことだから。だからユエン、俺は、お前の幸せだって願ってる……」
その思いは、果たしてユエンに届いただろうか。でも例え今届かなくても、シュマは何度だって同じ台詞を繰り返す。しつこいと、いくら怒られても。
それに――、
「それにな、全てが消えちゃわけじゃない。繋がってるものはちゃんとある。残ってるものだって……だって、見ろよ……」
震える自分の手を、シュマはそっと持ち上げる。指さした先で、きらりと光るものがあった。
ユエンがそろそろと顔を上げてシュマの指先を視線でたどる。そして、無言で彼は両目を見開いたのだった。
「見ろよユエン、消えないものだってある――」
シュマの視界は少し潤んでいた。
その中で、それは雨に濡れた後の色鮮やかな光をはね返して、シュマたちの前に静かにたたずんでいた。焼け跡で瓦礫に混ざり、まるで奇跡のように残っていたのは、シュマがメルゥにあげたいつかの花冠――黎明の空の下、微かな光を浴びて輝く、薄桃色のツァリの花。
生きていこうぜ、一緒に、みんなで。
そうつぶやいたシュマに、やや遅れて、ユエンは微かにうなずいたのだった。
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